使う言葉が与える影響について

人に説明したり説得しなければいけないとき、どうしたらうまく伝わるか悩むものです。人は利益より損失を強く感じ、トレーナーは会員に愛情を持ち、時に強い言葉をいわなければ、結果を出せないという話です。

週刊東洋経済(2017/11/25)に異色対談「行動経済学を知る者はビジネスをも制する!」というタイトルで、RIZAPグループ社長瀬戸健氏と大阪大学教授の大竹文雄氏の対談が載せられていました。

行動経済学とは初めて聞いた名前です。ウイキペディアによると、このように説明されていました。

行動経済学(こうどうけいざいがく、英: behavioral economics)とは、経済学の数学モデルに心理学的に観察された事実を取り入れていく研究手法である。

そのため、この対談は心理学みたいな話が多くて面白かったです。特に私が面白いと思ったところをご紹介しましょう。

損失は悲しい

「得してよかった」「損して悲しい」を比較すると損失の方を強く感じるという話です。あなたはどうでしょう?

文中に出てくる参照点とは、何らかの目標設定の基準のことです。

大竹 同じ時期に始めた人を参照点にして、遅れている進んでいるという比較はしますか?

瀬戸 します。ただ、その比較は劇薬で、言い方を間違えるとがっかりさせすぎて、やせること自体をあきらめる人もいるんですよ。

ですから、ほかの人と比べて進んでいるかどうかといった表現は、非常に慎重に使っています。

大竹 損失というのは利得(利益)よりも2倍以上悲しい、というのは行動経済学で明らかになっている人間の心理です。

少しの損失でも大きな損失と同じ程度のショックを受けるので、いったん損失を被るともっと大きくマイナスになっても構わないと破れかぶれになる。

パチンコや競馬なんかが好例ですが負け始めた時点でやめればよいのに、損失を取り戻そうとしてもっとおカネを突っ込んでしまう。

損失を確定させたくないのです。これを行動経済学では「損失回避」といいます。トレーナーが比較の表現に注意するというのには、損失回避を起こさせない効果があるのでしょう。

瀬戸 利益より損失を強く感じるという心理は、私たちも意識しています。「過去30年間、ずっと太っていた。やせてみてわかったのは、私が30年間ずっと損してきたということだ」という体験談を以前に広告で掲載したところ、すごく反響が大きかった。

「やせてうれしい」より「太っていて損した」のほうが心に響くのです。

瀬戸社長の広告の話は、「やせてうれしい」という体験談を載せるより、反響があるだろうなと思います。何しろ「30年間」という時間とセットになっているからです。

また、利益と損失を比較すると、損失の方が、「本来、気をつけていれば失わないで済んだ」というニュアンスがあり、もったいない感じがします。

結果にコミットする

ライザップの「結果にコミットする」という宣言はカッコいいものですが、ちょっと考えれば、コミットできないと苦情が来る、それが続くと全く相手にされなくなるというおそろしいものです。

しかし、この宣言をすることに大きな意味があります。それがわかる会話です。

瀬戸 (前略)私たちもトレーナーには、「会員に愛情を持ちなさい」と言っています。その愛情とは、「つい食べちゃった?仕方ないですね。次は頑張りましょう」というような優しい言葉じゃない。

これはむしろ無関心であり放置です。

多少厳しく聞こえても、「一緒に目標を決めましたよね。××は食べないっておっしゃいましたよね。破ってしまうのは残念です」

といった言葉を必要に応じて言う。これができないトレーナーは絶対に結果を出せません。9万4000人のトレーニングデータにはっきりと出ています。

大竹 トレーナーがすごく親身になってくれていると実感できれば、会員は払った額以上のサービスを受けている感覚になり、それに応えようとします。

行動経済学ではこの心理を互恵性や返報性と呼びます。試食コーナーで一口食べると、その商品を買ってあげたくなります。あの心理です。

ライザップの会員はトレーナーの一生懸命さに、減量でもってお返しをしたくなるのでしょう。本当は自分自身が体重を減らしに来ているのであって、喜ぶべきは自分なのですが。

興味深いのは、やせたい人自身がコミットメントを持つだけではなく、ライザップも結果にコミットすると明確にうたっていることです。

それによってトレーナーにもコミットメント意識が生まれ、絶対にサボらない仕組みになっている。これが効果を生んでいるように感じます。

この会話はいろんなことを感じさせてくれます。

いわゆる「先生」と呼ばれる職業の方に何かを習ったり、何かの施術をしてもらう時、ごくたまに最初から厳しく接してくる方がいます。もちろん、「何だお前は」と口に出さないまでも心が反発します。

しかし、だからといって「つい食べちゃった?仕方ないですね。次は頑張りましょう」では、コミュニケーションにならないのも確かです。

多少厳しい言葉を投げかけてもお客さんが反発しないのは、それ以前にある程度の信頼関係が出来上がっているからです。

信頼関係を作るには、まず、トレーナーに熱意がなければできません。少なくないお金を払うお客さんは、最初は間違いなく受け身だからです。

しかし、トレーナーも、友人でもないお客さんを怒らせないためには「つい食べちゃった?仕方ないですね。次は頑張りましょう」といっていた方が楽です。

それを軌道修正するのは、ライザップの「結果にコミットする」という宣言です。

それがトレーナーにもコミットメント意識を持たせ、トレーナーの熱意が会員に「トレーナーに減量でもってお返しをしたい」気持ちにさせるという解説なのです。

これは大竹先生の解説が面白いところです。

まとめ

この記事を読んで、感心したのは、この部分です。

多少厳しく聞こえても、「一緒に目標を決めましたよね。××は食べないっておっしゃいましたよね。破ってしまうのは残念です」

といった言葉を必要に応じて言う。これができないトレーナーは絶対に結果を出せません。9万4000人のトレーニングデータにはっきりと出ています。

もともと瀬戸社長は、通販の豆乳クッキーで一度成功した人です。広告文の言葉遣いや写真で売り上げがかなり変わるそうです。その時にだいぶ検証実験をされていたようで、言葉にこだわりを持っているようです。

ライザップのトレーナーが使う言葉も、このように集計して分析しているんだなと思いました。

また、行動経済学の大竹文雄先生の本は何冊かでていますが、アマゾンで一番レビューの多い本は、経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには (中公新書)でした。

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